

Dolby Atmos® での音楽ミキシングについては、既にかなりの量のコンテンツが存在します。Music That Moves でダウンロードや検索ができるDolby Atmos Pro Toolsセッションのように、役立つ情報がたくさんあります。
このブログでは、それらとは少し趣向を変えて、いくつかの異なる側面から、Dolby Atmosでの音楽のミキシング時に便利なヒントとトリックを紹介したいと思います。これらは、私自身がAtmosミックスする際に気を付けるポイントではありますが、皆様にとっても役立つと嬉しく思います。また、曲のミキシングへのアプローチ方法を説明するビデオmix breakdownもありますので併せてご覧ください。
Dolby Atmos での音楽の配信に関しては、ストリーミングサービスで使用される2つの主要なデジタルオーディオ圧縮スキームがあります。EC-3とAC-4IMSです。多くのミックス・エンジニアや音楽プロデューサーは、これらに精通していないかもしれませんが、なぜ重要で、ミックスにどのように影響するかを知ることは良いことです。
技術的な詳細を省いて説明しますが、EC-3ファイル形式は主にスピーカーを使用した再生を目的としているフォーマットです。例えばAmazon EchoやBlu-rayプレイヤーはこれを使用しています。Dolby Atmosの再生用にApple Musicでも使用されています。バイノーラル再生がヘッドフォンが必要なのに対して、EC-3形式はスピーカーを介して再生することを目的としているため、ミキシング時に埋め込むバイノーラル情報は考慮されていません。ここでの例外はEC-3がiPhoneで再生される場合です。この場合、Appleは独自のカスタム空間化技術を使用して、承認されたヘッドフォンもしくはiPhoneスピーカーを介してAtmosコンテンツがApple空間オーディオとして再生できるよう配信しています。
バイノーラル・フォーマットを前提に、ミキシング時に私が用いる、いくつかのヒントとトリックを見ていきましょう。
- 私の場合、Atmosミックスを既存のステレオ・ミックスのように扱うのに、最初は時間がかかりました。従来のミキシングにおけるマスタリングでは、ステレオ・ワイドナーやハーモニック・プロセッシングを使用するのが一般的ですが、Atmosでのミキシングにおいて、これらのテクニックは機能しません。ステレオ・バージョンで既にリリースされた曲をミキシングする場合、バイノーラルは空間的に正確であるもののパンチが不足していると感じることがあるでしょう。その事こそが、どのオブジェクトを、バイノーラル・ポジショニングを有効または無効にするかを考える必要がある理由です。また、有効にする場合でも、その距離を明確に定義する必要があります。正しく設定すれば、バイノーラル・バージョンは本当に没入感があり、ステレオバージョンよりもはるかに優れたリスニング体験が得られます。
- ミキシングを始める際、そして Dolby Atmos Rendererでマスターファイルを作成する前段階で、セッション上の全てのオブジェクトを有効にしておくと良いでしょう。プロジェクトにもよりますが、私は通常少なくとも64のオブジェクトを有効にするようにしています。一度マスターを作成すると、追加のオブジェクトを作成した際に、それが用意されていないと、同じファイルにパンチ・インすることができないためです。そういった必要性が生じた時のために、予め備えておくのです。
- Pro ToolsのDolby Atmos バイノーラル設定プラグインを使用します。これは重要な作業です。私の場合は、トラック・プリセットの一部としてタイムコード・トラックを作成し、1つ目のインサートにはバイノーラル設定プラグインをアサインし、2つ目にはDolby タイムコード・プラグインをインサートしています。
- 空間が感じられるように、バイノーラル配置のnear、mid、farの設定をクリエイティブに行います。これにより周波数スペクトラルが変化しますが、うまく使用すればクリアな効果が得られます。
- センター・パス上の要素はバイノーラル効果との関連はありません。そのため、ルームの中心で音をパンしても、バイノーラル効果は得られません。
- Atmosミックスをしているとパンを固定する事は避けたいと思うかもしれません。少しでも動きがあれば、ミックスが生き生きとするように感じるからです。私の場合、そういった時は、パンをフェーダーに切り替え、ランダムに少し動かします。テンポに合わせるため、オート・グラインド・タイム(設定>ミキシング)を設定することもあります。すると、フェーダー(パン)がランダムに操作されても、音楽に合わせて戻ってきます。ランダムさに心が惹かれる事もあるかもしれませんが、テンポに合わせて戻ってくることで、ミックスがうまくまとまる事が多いはずです。
- ステレオ用のM/S(Mid/Sides)マスタリングを行う必要はありませんが、音の配置とバイノーラルの遠近の操作という、より強力な方法で広さや幅を決める事ができます。
- オーバーヘッドの配置は控えめにした方が良いでしょう。同じ平面上であっても、変化がなく、要素が多すぎる場合、わずかなフェーズや音色の変化は認識されません。同時に、バイノーラルには絶対的な左右がないことを忘れないでください。バイノーラル・ミックスがクリッピングしないようにこの点に気をつけてください。
- 配置する際、周波数を考慮してください。低周波数を高い位置に配置させるのは、滅多に機能しません。周波数を分割し、別々にパンするのは良い考えです。この配置方法に、私はAvid Pro Multiband Splitterをよく使用します。これにより、Low、Low Mids、High Mids、Highsなどの異なるフリークエンシーの範囲を様々なAuxに置き、空間の中で別々にそれぞれのAuxをパンできます。Pro MultibandはAux出力ステム(Auxiliary Output Stems)をサポートしています。これにより、異なる周波数バンドを個々の出力としてAuxインプットに送ることができるのです。
- クリエイティブなパンをするには3つのステレオトラックを使用します。それぞれのトラックをNear、Mid、Farに設定します。これらのトラック間にまたがる形で編集することにより、1つの要素をバイノーラル・ポジション内のNearからMidへ、そしてFarへ動かすことができます(バイノーラルの距離設定はオートメーションできません)。これによりミックスが散漫になるのを防ぐことができます。
- バイノーラル・ミックスでは、絶対的な左右の位置は存在しません。左寄り、右寄り、という感じです。注意しないと、ミックスの中心部分もしくはステレオトラックが過負荷になり、それゆえにミックスの幅が狭くなる可能性があります。バイノーラル処理を割り当てる(または割り当てない)ことに関して、創造的な工夫をしてみましょう。それにより、ステレオ・ミックスを超えた深みを作成できます。
- ミックスが完了したら、マスタリング用にADMをエクスポートします。次に、新しいセッションを作成し、このADMファイルをインポートし、ステレオ・ミックスのマスタリングに近づくように、必要であれば微調整します。このマスターでラウドネス仕様と音色補正を調整します。アルバムまたはEPをミックスし、曲全体で一貫したレベルを保つのに役立ちます。全ての曲のトラック数が同じになるように、ベッドとオブジェクトの数が同じに揃えています。私の場合、この時点で、バイノーラルでのチェックを行います。
- 上記のADMマスターを読み込んだPro Toolsセッションを[名前をつけて保存]し、Dolby Rendererのモニターをステレオ・デリバリーを行うためのステレオ・モードに設定します。ここで新しいセッションを使用して、ステレオでパンとレベルを確認します。バイノーラルからステレオに切り替えた時、低音、中低音、パンのレベルを確認することをお勧めします。オブジェクトがバイノーラル・レンダリング内のMidもしくはFarに設定されている場合、それを反映するために、モニターでロー・エンドが変更されている可能性があります。そのため、ステレオに切り替える際、EQの微調整が必要になります。サラウンドに定位したパンがある場合、それらを一度聴いてみることをお勧めします。そういったサウンドは、ステレオ・ミックスではレベルが大幅に低下する場合があります。そうして調整したADMをステレオADMと呼ばれる中間バージョンとしてエクスポートし、レンダラーにインポートして、ステレオ・リ・レンダリングして出力します。RMUもしくはRMWを使用している場合は、同時にステレオ・ダウンミックスを録音できるため、この手順を行う必要はありません。
- 私はベッズでのバイノーラルを無効にした状態をデフォルトにしています。デフォルトのMidモードに比べて、パンチと調性がより増えているように思います。但し、これは個人的な好みです。
- ADMをセッションにインポートする際、次の手順を行います:
- I/O設定で全てのベッズと出力を削除してからインポートします
- レンダリングがADMと同じ入力配置になっているか確認します。そうでない場合、および外部ADMをマスターへ送る場合、まずレンダリングをインポートして、入力設定を行います。
- Pro ToolsにADMをインポートします。そうすると、マッピングが自動的に処理されます。
- 私の場合、ミックスの最終段階で、最初のベッドをVOXベッドに設定し、次にVox Obj(オブジェクト)、そしてMusic Bed、最後に残りをMusic Objに設定します。こうすると、マスタリングされたADM自体からマイナス・トラックをエクスポートすることが容易に行えるようになります。
- サラウンドに要素を追加すると、包み込まれるようなミックスが行えるだけでなく、ラウドネス仕様の範囲内にとどまることにも役立ちます。フロントの負荷を軽減させ、空間的な配置を感じやすくなるという利点もあります。
- ステレオ(2.0)ダウンミックスでは、個人的に、90度の位相のLtRtがサラウンド・ミックスを表現するのに一番近いように聴こえます。
- 音楽でスピーカー・スナップを使用することに関して、とても気をつけています。映画用のミックス環境でスピーカー・スナップを使用することは大好きですが、音楽の場合、複数の音像の相関によりジッターが派生する可能性があります。そのため、どうしても必要で、その空間が他のオブジェクトと衝突しない限り、スピーカー・スナップは避けます。サイズも同じです。私はサイズを大きくすることにとても注意しており、通常15〜18を超えることはありません。これはサイズがもたらす非相関がいくつかのフェーズの問題を起こす可能性があるためです。
- オブジェクトにヘッドルームをたくさん残すようにしています。そうするとオブジェクトが複数同時に重なった場合でも、ピークが高くなりすぎません。Atmosミックスが-18 LUFSが到達した場合、ヘッドルームの設定を行う必要がありますが、TIDALステレオは-14 LKFSで、-18 LKFS Atmosミックスのバイノーラル・バージョンは-16 LKFSのため、個人的にはそのままにしています。Atmosミックスがステレオ・ミックスに対して再生される場合、2 dBのラウドネス・ロスが発生します。このため、通常はリミッターをベッズにのみに設定しています。オブジェクトに一時的な要素がある場合は、そこでリミッターを使用しますが、滅多にそうすることはありません。
- LCR空間を強力に保ちながら、他の要素を動かし続けるのが好きです。簡単な方法は、バランスが取れたらオブジェクトのF/Rパンをフェーダーにフリップし、少しランダムに操作ことです。すると、ミックスは常に呼吸をし、動き、ミックスに躍動感を与える事ができます。
- 最後に、私はDolby Atmos Music Pannerの大ファンです。同じトラック上のオブジェクト・パン・データとして記録することで、Music PannerからPro Tools パンへパン・データを変換します。特にプラグインでCPUの問題が発生し始めた際に、Pro Tools オフラインADM エクスポート機能はとても役立ちます。